当事者による知の独占と権威性



「偉い先生の言うことは正しい」「専門家の言うことは正しい」「年長の言うことは正しい」などなど。


これは、私たちが一般的に持ってる情報の「確からしさ」の根拠の一例だ。私たちはすべての情報を理解した上で、自身の行為を決めているわけではない。例えば、医者に行って手術するとしてもほとんどの人は医学の知識を持っていないため、本当に手術すべきなのか? 手術の方法は適切なのか? ということを判断することはできない。しかし、私たちは「医者という専門家が診断を下している」→「その診断は正しい」という判断をする。医者から多少の説明を受けることになるだろうが、その知識量でちゃんと理解できることはまずないし、ほとんどの場合、「この医師なら信用がおけそうだ」というような事で診断を受けるかどうか決めてしまってる事が多い。


つまり、その行為の根拠となっているのは「医者という専門家が言っている」というところにある。要するに根拠は「専門家」という所にある*1


「大学教授の言うことは正しい」という判断も同様の構造をとっている。他には「年長の言うことは正しい」というのもある。同じように発言内容ではなく、「発言者の属性」で内容の「正当性」が決定している。


図に表すと次のようになる。



属性

内容

 

専門家という属性が発言内容の根拠となっている。


これをもう少し細かく見ると、「専門知」と「権威」の問題になる。


「専門知」とはつまり、医学の専門的な知識があることであり、「権威」とは「医者は偉い」というものである。


「年長者の言うことは正しい」というものにも同様の構造がある。「亀の甲より年の功」という言葉にも表れているように、長い間生きてきた経験には実践的な「専門知」があり、そして、年長という「権威」も存在している。


「専門知」と「権威」の備わった発言だから、私たちは発言内容を理解出来なかったとしても、その発言内容を信用することになる。


しかし、このような構造は現在では弱まっていると言えよう。その一つの典型が「医療ミス」による医者の逮捕が続発してることである。以前は医者は絶対の権威性を持っていた。医者の専門知をもってしても患者が助けられなかったのだから、患者が死んでも仕方ないと考えられていたわけだ。しかし、それは違うぞ!と現在では責任追及が可能になっている。これは、医者の「専門知」と「権威性」が弱まってきたことが原因と考えることが出来る。


同じように「学校の先生」、「大学の教授」、「年長者」の「専門知」と「権威性」も弱まってきている。


このような上からの決定が弱まってきている一方で、実は、下からの権威性は強まってきているのではないだろうか?


下からの権威性とは「当事者」による決定である。


「当事者」において、「専門知」に相当するのは「当事者の声」というものだ。つまり、当事者の体験から生まれた「体験知」である*2「専門知」は専門家に独占されている一方で、「体験知」は体験者に独占されている。


一方「権威性」はid:about-h:20050619で書いた(ひきこもりの例で言えば)「5年ひきこもった人より、10年ひきこもった人の方の言葉の方が真実に近いと考えることができる」という考え方だ。つまり、体験したという事実によって「語り」の正当性が根拠づけられるという考え方*3。ここに「弱者ゆえの権威性」なるものが存在している。


表にまとめると以下のようになる。



  強者 弱者
知識 専門知 体験知
審級 強者属性 弱者属性
学問 専門学問 当事者学


さて、先ほどの医療ミスによる逮捕についてにも関係することだが、強者の権威性は強力である一方で、転覆しやすいという性質も持っている。「革命」という言葉で考えると一番把握しやすいが、強者の権威性は「正義」の名の下に転覆することができる。強者の言うことを転覆することには、爽快感さえ伴う。


しかし、弱者による権威性はどうか?


弱者として構築されたものは、弱者からの訴えとして、人々に聞く耳を持ってもらえないということがしばしば存在する。だから、あまり強力ではないと言えよう*4。しかし、一方で、転覆は難しい。なぜなら、転覆しようと思うと弱者を攻撃することになるからだ。弱者への攻撃は爽快感を伴うというものではなく、後味が悪いものであり、決して「正義」だとはみなされない。



  強者 弱者
知識 専門知 体験知
審級 強者属性 弱者属性
学問 専門学問 当事者学
転覆 強者転覆 弱者圧殺


「当事者」といった時にも「専門家」と同じように発言には「知の独占」があり「権威性」が存在している。


このことを踏まえた上で、注意すべきなのは「当事者」というものは隠蔽され続けている性質を持っているのだということだ。やや長くなるので次回に続く。

*1:社会学の言葉でいうなら「専門家システム」(ギデンズ)ということになろう

*2:「当事者に聞けば分かるだろう」という発想はここから来ている。

*3:実際のところは経験の深刻さと語る資格の間に本質的な関係は存在しないのは当然のこと

*4:従って黙殺される場合がしばしば存在する